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男子、女子ともに日本過去最高位をマーク! ロンドン五輪 MTBクロスカントリー

19日間にわたって熱戦が繰り広げられたロンドンオリンピック。自転車競技の最後を飾ったMTBクロスカントリーは、イングランド東部の街エセックス、ハドレー・ファームの特設コースにて8月11日に女子、12日に男子の競技が行なわれた。日本からは山本幸平、片山梨絵の2選手が、全開の北京につづいて代表として派遣された。4年に一度、そこに全力を注いだ日本人たちの闘いの模様をお届けする。
text●鏑木 裕 photo●鏑木 裕、金田一元

MTBにとってのオリンピック

ロンドンオリンピックの最終2日間で、MTB競技が実施された。 自転車競技では、開幕直後のロードレース、中盤のロードTT、トラック、そして終盤にBMXと続き、締めを飾る競技である。 日本からは、男子の山本幸平(スペシャライズド)、女子の片山梨絵(スペシャライズド・ジャパン)の2人を代表として派遣。ともに日本のレースシーンでは圧倒的な存在感を示すライダーであり、ふたりとも2008北京オリンピックに続く2度目の五輪参加である。 MTBにとってのオリンピックは、通常のワールドカップや世界選手権といった国際レースとは一線を画す存在だ。 まずは参加選手。レースを走れる人数は、女子30人/男子50人しかいない。この“参加枠”の問題から、必ずしもトップライダー全員が走れるワケではないからだ。 たとえばUCIランキングの男子上位25人には、現在MTB最強軍団であるスイス勢が8人もいるが、派遣枠は最大で1国3人しか与えられない。つまり8人中5人が“落選”するのだ。逆に“派遣枠”そのものを取れるかどうかという国や地域もあり、各国の思惑が入り交じる。 次にコース設定がある。観戦者やテレビ中継のために、コースを見通せる地形が優先され、極端にショーアップされる。 たとえば今回会場となったハドレーファームは、都市近郊の丘陵牧草地であり、そこに“テレビ映え”するテクニカルセクションが人工的にいくつも作られる。このため、ワールドカップにあるような林間区間や、極端に長い上りや下り区間、自然に存在する木の根などを利用したセクションは少ない。 そして何より4年に一度の開催。ここにピンポイントで調子を合わせられるかどうかも、勝敗や順位を大きく左右する。

「これが今の自分のベスト。全てを出し切れました!」    (片山梨絵)

11日に開催された女子は、レース序盤をイギリス選手が自国開催の意地で引っ張る。片山はスタート直後からのハイペースに着ききれない。しかしこの“エンジンの掛かりの遅さ”はいつものことで、調子がいいときは中盤から1人づつ前を喰うように順位を上げるのだ。 彼女の強みは、テクニカルな下りセクションでの軟らかい身のこなしである。これは単に“下りが速い”というわけではなく、“下りで休める”とうことを意味する。 一方で世界のトップと比較して弱い部分は、パワーペダリングを要求されるシーンだ。単調な路面の上りではパワー負けをしてしまう。そしてスタート直後に設けられている“スタートループ”は、大集団を安全にバラすことが目的のため、パワーペダリングな設定になることがほとんどなのである。 「ワールドカップとは勝手が違う。たとえばロックセクションに入る手前も、順番待ちをしているのに脇から前輪をバンバン入れられるんですよ。前後のライダーがいつもと異なるから、そういった間合いも違うんです」 スタートループは最後尾。1周目終了時点でも28位と苦戦を強いられる。 テクニカルセクション同様、全体的に手入れをされた路面は、乾燥しきった浮き砂利状態だ。全面に渡ってコーナーは滑りやすく、硬く細かな上下動は、リム打ちパンクを誘発する。 「最初からとにかく苦しかった。もうワケが分からないぐらい。レースが中盤を過ぎると、下りでバイクの押さえが効かなくなってきて、何度もリム打ちをさせてしまって。とにかく『パンクするな!』って祈りながら走っていました」 表彰台候補の候補であるガンリタ・ダール(ノルウェー)も、パンクによりリタイア。そのほか、落車やホイール交換で大きくタイムロスをするライダーも少なくない中、彼女はとても落ち着いていた。苦しさに、上りで何度も顔をゆがめながらも、淡々と周回を重ね、そして徐々に順位を上げてゆく。

苦難の末に勝ちとった20位完走

最終周回こそ順位を落としてしまったが、優勝したジュリー・ブレセット(フランス)から7分34秒差の20位でゴールした。 「これが、今現在、自分が出せる全ての力です。そういう走りができました。本当にありがとうございます!」 実は、日本は女子の派遣枠を当初は取れなかった。2011年初頭~2012年シーズン途中まで、彼女はワールドカップなどの世界大会を転戦してUCIポイントを取得。日本の国別ランキングを参加枠が付与される18位以上にしようと努力してきたのだが、結果は24位。そのとき彼女は 「今まで、ここぞというところで運がいいと思っていましたが、いよいよそれも終わったんだ……」 と言って、肩を落とした。 しかし彼女の運は尽きていなかったのだ。たとえばノルウェーのように、複数の派遣枠を持ちながら、自国の基準に満たない(出走してもメダルの可能性がない)選手を派遣しないとう国があるため、枠の再配分が実施された。そして日本に待望の派遣枠が回ってきたのである。 北京では、日本人女子として過去最高位を記録するも、レース中盤でトップからのタイム差が10分以上ついてしまい、完走させてもらえなかったという苦く悔しい経験をした。4年越しでその雪辱を果たしたのである。そこには彼女の最高の笑顔があった。

「4年後、今度はみんなでリオに行きましょう!」(山本幸平)

ロンドンオリンピックの最終日。男子MTBは8月12日に開催された。 前日の女子と同様、乾燥しきったコース。気温は高くないが、日差しが強い。 「調子は良いですよ。でも砂と砂利でとにかく滑りやすい。まずはトラブルなく走り切る、というのが大切ですね」 前日の試走でそう話していた山本幸平の表情は自信に満ちていた。 片山同様、初めてのオリンピック参加だった北京では精彩に欠いた走りで完走できなかった。しかしその際 「4年後には世界で戦えるようになっています」と宣言をしていた。 実際、彼はこの4年で大きく成長した。当初は完走できなかったワールドカップだが、現在は完走が当たり前となり、順位だけでなくトップとのタイプ差も徐々に小さくなっている。 そして2012年からは、スペシャライズドのインターナショナルチームに所属し、実戦サポートの面で大きなチャンスを手に入れた。そして2012年5月には、UCIランキングを26位まで上げるというように、世界のトップにあと少しで手が届く、という位置まで来たのだ。

スタート直後にアクシデント!

今回は参加50人の中で28番目。4列目スタートとなった幸平は、しかしながらスタートでつまずいてしまう。落車に巻き込まれてほぼ最後尾。そこから追い上げるものの、今度はロックセクションでの渋滞に捕まってしまう。落車しかねないため乗車をあきらめて、バイクを押してのランニングを余儀なくされる。 1周目を終えて35位。182cm/69kg、ガッチリとして長い手足という、日本人としては恵まれた体格を持つ幸平は、周囲のライダーと競り負けないフィジカルの強さを持てるようになった。下りのスピードも、現在最速XCライダーと言われているニノ・シュルター(スイス)に比べれば引けを取るが、世界のワールドカッパーたちと並んでもそん色ない。集中力さえ続けば、確実にいいリザルトが待っている。 さてトップはというと、そのシュルターを中心に展開する。彼をマークするように、ヤロスラフ・クルハヴィー(チェコ)、マルコ・フォンタナが追う。いや、3人がけん制し合いながら先頭集団を形成する、と表現するのが正解か。 先頭集団の速度が落ちると、一時的にホセアントニオ・ヘルミダ(スペイン)、バリー・スタンダー(南アフリカ)が追いつてくるが、息づかいや表情の余裕の有無は、3人とは明確に異なる。 最終周回までもつれ込んだ3人のメダルの色争いだが、最初に仕掛けたのはフォンタナ。アタックを掛けて先頭に立つも、サドルにトラブルが発生して脱落。 ニノvsヤロの優勝争いは、2011年世界選手権の再現でもある。その際は、クルハヴィが得意の上りでシュルターを引き離して勝ったが、今回は残り半周でなお、トップが何度も入れ替わる。 濡れた岩場や不安定なドロップオフといった、極端なテクニカルセクションがあれば、シュルターが圧倒的に優位となり、今シーズンのワールドカップでは何度も下りでクルハヴィを引きなはして優勝してきた。しかし今回はシュルターの背後からクルハヴィが離れない。そしてゴール手前最後の上りコーナーでクルハヴィがインを突いてシュルターの前に出ると、わずか1車身差で金メダルを手にしたのだった。

27位でゴール! 山本幸平が見据えるモノは……

トップ争いが白熱を極めるなか、幸平も熱い走りを披露する。下りは大きく四肢を使ってハイスピードで飛ばし、上りは力強いペダリングで前走者を追走。スタートから1時間を過ぎて、周囲のライダーたちがペースを落とす中、イーブンをキープして確実に順位を上げる。そしてクルハヴィから遅れること6分19秒。27位でゴールした。 前日の片山梨絵同様、オリンピックでは日本人として過去最高のリザルトである。 「みなさん、応援本当にありがとうございます。最初、ちょっと落車したけれど、その後は良い走りができたと思います。また(明日から)仕切り直して、頑張りますよ! そして4年後、またみんなでリオに行きましょう!」 ところで彼は、ことあるごとに「日本人だってやれるというのを証明する」そして「世界のトップになる」という言葉を繰り返す。 しかし彼が2005年~2007年に全日本選手権U23を3連覇した際は「ワールドチームに入って世界で活躍する」と言っていたのだ。すでに記したように、現在彼はスペシャライズドのワールドチームに所属している。今回、五輪で金メダルを取得したクルハヴィはチームメイトだ。幸平がU23の時点ですでに同世代の日本人の中で抜群に強かったのは確かだが、誰が彼の現在の立ち位置を想像しただろうか。 幸平は、自己暗示を掛けるがごとく言葉を繰り返すことで、遠くに置いた目標へ向かって確実に近づいてゆく。その目標は、周囲からすれば途方もなく遠方に映るのだが、おそらく彼にはそこへ向けた具体的なプランが描けているのだろう。 だから、幸平がロンドンの地で発した「4年後」という言葉には、とても重い意味があると同時に、とても明るい希望も秘めているのだ。

MTBクロスカントリー結果

男子MTBクロスカントリー 1 ヤロスラフ・クルハビー(チェコ)1時間29分7秒 2 ニーノ・シュルター(スイス)1時間29分8秒 3 マルコ・アウレリオ・フォンタナ(イタリア)1時間29分32秒 27 山本幸平(日本)1時間35分26秒 途中棄権 ジュリアン・アブサロン(フランス) 女子MTBクロスカントリー 1 ジュリー・ブレセ(フランス)1時間30分52秒 2 ザビーネ・シュピッツ(ドイツ)1時間31分54秒 3 ジョージア・ゴウルド(米国)1時間32分 20 片山梨絵(日本) 途中棄権 ガンリタ・ダール(ノルウェー) 関連記事: ヴィノクロフが悲願の金メダル獲得! ロンドン五輪 男子ロードレース 史上初! ツール優勝者が同じ年に金メダル獲得 ロンドン五輪男子個人TT