TOJに参戦したNIPPO・ヴィーニファンティーニに密着!【富士山】
予想どおりの結末
第18回ツアー・オブ・ジャパン(アジアツアー2.1)の第5ステージとなる富士山ステージは、ふじあざみライン(静岡県駿東郡小山町)の11.4kmで競われた。平均勾配10%、最大勾配22%というヒルクライムは、毎年総合を争う上でもっとも重要な闘いになる。
今年はレースに先駆けて13.4kmのセレモニーランが行なわれた。この日は快晴ではなかったが、セレモニーランが小山町生涯学習センターからスタートしたとき、選手の行く手にはまだその頂に雪を抱いた美しい富士山が姿を表していた。
リアルスタート地点となるふじあざみラインに到着した選手たちは、そこでスタート時間まで体を冷やさないようにウォーミングアップをしてからレースに臨んだ。
NIPPO・ヴィーニファンティーニのタイトルスポンサーである株式会社NIPPOは、ジロ・デ・イタリアも訪問した水島和紀会長が応援に駆けつけ、大門宏監督が運転するチームカーに同乗して選手たちの闘いを見守っていた。
しかし、富士山ステージは誰もが予想していた通りの展開となった。スタートしてすぐにラファー・シティウイ(スカイダイブドバイ)が単独で先行していたが、残り9kmで吸収された。
そしてつづら折りの登坂が始まると先頭は15人ほどになり、そこにピシュガマン・ジャイアントチームの選手が4人、タブリスペトロケミカルチームの選手が3人いるという、イラン勢のレースになってしまった。
その先頭グループからピシュガマン・ジャイアントチームのアミール・ザルガリ、ホセイン・アスカリ、ラヒーム・エマミと、昨年このステージで区間優勝したミルサマド・プルセイェディゴラフール(タブリスペトロケミカルチーム)が先行。残り5kmではザルガリが脱落して3人になった。
さらに残り3kmでアスカリが脱落し、先頭はエマミとプルセイェディゴラフールの2人の闘いになった。そして最後はエマミがアタックし、プルセイェディゴラフールに6秒差を付けて残り1km地点を通過した。
エマミは最終的にプルセイェディゴラフールに22秒差を付け、コースレコードを更新する38分27秒のタイムで須走5合目のフィニッシュラインに飛び込んだ。
終わってみれば、予想通り区間のトップ5は全員イラン人選手だった。そして総合首位のグリーンジャージは、22秒遅れの区間2位でゴールしたプルセイェディゴラフールの手中に収まっていた。
NIPPO・ヴィーニファンティーニにとって「唯一富士山が走れて総合争いができる」コロンビア人のディディエール・チャパッロは、1分59秒遅れの区間10位でゴールした。
しかし、それは決して悪いタイムではなかった。チャパッロは11.4kmの富士山を、40分26秒で駆け上がったのだ。それば前日に大門監督が目標としていた41分を上回るタイムだった。
まだ22歳のニーバリは43分02秒で富士山を上り終えた。山本元喜は44分44秒で、日本人最高位だった増田成幸(宇都宮ブリッツェン)が出した42分27秒のタイムには及ばなかったが、大門監督も注目している同世代の日本人選手たちの中ではトップの成績だった。
正念場の富士山ステージを終えて、エースのチャパッロはグリーンジャージのプルセイェディゴラフールに1分41秒遅れの総合7位になった。「イラン人に38分台で走られたら勝てないと思う」と、前日に大門監督が断言してしていたように、成績だけで言えば惨敗だった。
しかし、TOJが堺で開幕した夜、大門監督はすでに「総合は無理かなと思っている」と明かしていた。昨年辛酸をなめさせられたイラン勢には、いろいろな意味で太刀打ちできないとわかっていたのだ。
山岳賞のレッドジャージも区間優勝したエマミが獲得し、NIPPO・ヴィーニファンティーニはこの日、表彰台に上がる選手はなかった。しかしその分、選手たちは全員、富士山から翌日のステージが行なわれる伊豆へと早々に移動することができた。
上りのスペシャリストとしてチャパッロは合格点
レース結果だけを眺めていたら、NIPPO・ヴィーニファンティーニはこの日勝てなかったとしか言えない。しかし、チームにとっては収穫の多い一日だった。とくにエースのディディエール・チャパッロは、40分26秒という、目標タイムを上回る好成績を上げることができた。
伊豆へと移動した後、大門宏監督はこの日のレースについてこう話していた。「チャパッロは非常によかった。久しぶりで彼も心配していたと思う。ああいうガーっと上げられるような展開は彼は好きではないからだ。いつもなら30人くらいで半分行くのだが、今日はスタートから速かった。チームカーに乗っていても、スピードが違っていた」
「それですぐ15人になってしまった。チャパッロにとっては彼のキャラクター的に厳しくキツかった。でも最終的には40分台。タイムで見たらものすごくよかった。もう少しペース配分を考えていればと言っていたが、あれが彼の実力だろう」
「チャパッロが力を出しきれたという意味では良かった。とにかくイラン人が強すぎた。去年もそう思ったが、今年は2チームいて強い選手が5~6人いた。レースは予想どおりの展開で、やりたい放題という感じだった」それが富士山ステージでの現状だった。
しかし、NIPPO・ヴィーニファンティーニとしては今季途中で契約したチャパッロのクライマーとしての真価が、この富士山ステージで証明されたことが勝利にもまさる収穫だった。
「チーム的にはチャパッロに対して信頼ができた。やはり上りのスペシャリストとして契約したわけだから、そういう意味でよかった。本人も安心したと思う。コロンビア人でも上れない選手はたくさんいて、みんなが強いわけではない。今日はある意味、彼は合格点だった」と、大門監督も太鼓判を押していた。
「山本は上りの選手ではないが、今日はよかった。ニーバリもエリート1年目の選手としてはよく走れていた。彼は調子がよかったようで、最後は結構気持ちよく走れたようだった」と、大門監督は他の選手たちについても好評価を出していた。
スプリンターの黒枝士揮とニコラス・マリーニも問題なく完走し、NIPPO・ヴィーニファンティーニとしては、この日の成績はけっして悲観するようなものではなかったわけだ。
キンタナでも出せない富士山のコースレコード
富士山ステージはジロにもツールにもないような特殊なコースだ。もちろんチャパッロの故郷コロンビアにもこんなレースはない。
前日に大門監督は「38分というタイムがどういうものなのか自分にはわからない。もしナイロ・キンタナが走ったらどうなのかわからない」という話をしていたのだが、そのことを富士山を走り終えたチャパッロに聞いていた。現在27歳のチャパッロは、キンタナやリゴベルト・ウランと走ったことがある選手だ。
「チャパッロは多分キンタナでもここは38分台では走れないと言っていた。エマミはチャパッロよりも2分速かったわけだが、チャパッロは(このコースで)自分がキンタナより2分以上遅れることはないと言っていた。彼はそれをボクに考えもせずに即答した」
「チャパッロは上りのスペシャリストで、キンタナの力もよく知っている。そんな彼が、キンタナは38分台では走れないと言った。エマミのタイムを上回ることはないと思うとはっきりと言っていた」
昨年ジロ・デ・イタリアで総合優勝し、ツール・ド・フランスでも区間優勝して山岳賞を獲得するようなトップクライマーが、もしも富士山ステージを走ったとしても、イランの選手が出したコースレコードを上回ることはないだろうというのは、なかなか興味深い意見だ。
おそらく日本のレースファンは、キンタナだったらもっと速いタイムで富士山を駆け上がると思っているにちがいない。イランの選手が38分台で走れるのであれば、キンタナなら36分、37分で走るだろうと思っているはずだ。
ヨーロッパでの成績がまったくないようなイランの選手が、グランツールの覇者よりもタイムが良いなんてことは、常識的に考えればあり得ないことだ。大門監督自身も「個人的にはキンタナの方が速いと思う」という見解だ。
しかし、実際にキンタナを知っていて、富士山も自分で走ったチャパッロの話には真実味がある。「アレドンドも38分というのはあり得ないタイムだと言っていて、ああそうなのかと思った。それだけ38分というのは異常なタイムだ」と、大門監督は繰り返していた。
CSCでの総合最終決戦
富士山の翌日は、静岡県伊豆市の日本サイクルスポーツセンター(CSC)で総合最終決戦となる伊豆ステージが行なわれる。1周12.2kmの周回コースは平坦エリアがなく、上りと下りしかないハードなコースだ。しかし、周回数は昨年より2周少なく、今年は10周で競われる。
富士山ステージ終了後の総合成績は、タブリスペトロケミカルチームのプルセイェディゴラフールが首位で、ライバルであるピシュガマン・ジャイアントチームのエマミが19秒差、アスカリとザルガリが50秒差で追う展開だ。この2つのイランチームは、仲が悪いという噂もある。
ブリヂストン・アンカーはフランス人のトマ・ルバが1分26秒差で総合6位、ダミアン・モニエが1分53秒差で総合8位に付けている。そしてNIPPO・ヴィーニファンティーニは、チャパッロが1分41秒遅れの総合7位だ。
大門監督は伊豆ステージの展開について、こう予測していた。「(総合争いは)上位でつぶし合いをするかもしれない。展開によっては総合は動く可能性もある。明日、イラン人が戦争してドンパチやったらどうなるかわからない。何かあるとすれば、我々は狙いやすいポジションかもしれない。マークされることはないと思う」
「ブリヂストンなんかも積極的に来るのではないだろうか。彼らも何か考えているだろう。総合6位や8位というのはこれまでにも収めている成績で、それを失ってもいいからと賭けに出る可能性はある。日本のチームのなかで、明日は多分唯一立ち向かおうとしているチームだと思う」
「前の方でつぶし合いになれば、ちょっとくらい順位を上げられる可能性はあるかもしれないが、チャパッロは初めてのツアー・オブ・ジャパンだし、別に何かこうカミカゼのようなことは期待しない。走り方もよくわからないと思うので、ブリヂストンが攻撃してくるのであれば一緒に行くとか、そういうことは考えるかもしれない」
「最初の段階になるとは思うが、山本も攻撃するだろう。あとは黒枝とマリーニがちゃんと完走して東京につなげられるかどうかだ。マリーニは東京で頑張ればポイント賞を取れる可能性もある」と、大門監督はポイント賞の総合順位をチェックしていた。
富士山ステージが終了した時点で、ポイント賞はベテランのフランシスコ・マンセボ(スカイダイブドバイ)が33ポイントで総合首位だったが、マリーニはすでに25ポイントを獲得していて、スプリンターのなかではトップだった。
東京で区間優勝すれば25ポイント、2位でも20ポイント獲得できるため、伊豆ステージの結果次第ではまだまだマリーニにもチャンスがあるというわけだ。そのためには厳しい伊豆を完走しなければならないのが絶対条件となる。
今年の伊豆ステージは周回数が2周少ないので、昨年のように大量の選手が失格になる事態にはならないだろうが、それはつまり、スプリンターがみんな生き残って東京に到着するということになる。「東京はスプリンターが残って、みんな狙ってくるだろうから混戦になるだろう」と、語る大門監督は、すでに伊豆ステージの前に最終日の闘いも見据えていた。
■ツアー・オブ・ジャパン 第5ステージ(富士山)結果
1 ラヒーム・エマミ(ピシュガマン・ジャイアントチーム/イラン)38分27秒
2 ミルサマド・プルセイェディゴラフール(タブリスペトロケミカルチーム/イラン)+22秒
3 ホセイン・アスカリ(ピシュガマン・ジャイアントチーム/イラン)+37秒
-
10 ディディエール・チャパッロ(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/コロンビア)+1分59秒
26 アントニオ・ニーバリ(イタリア)+4分35秒
35 山本元喜(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/日本)+6分17秒
56 マッティア・ポッツォ(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/イタリア)+10分09秒
73 黒枝士揮(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/日本)+13分11秒
89 ニコラス・マリーニ(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/イタリア)+16分23秒
■第5ステージまでの総合成績
1 ミルサマド・プルセイェディゴラフール(タブリスペトロケミカルチーム/イラン)10時間33分32秒
2 ラヒーム・エマミ(ピシュガマン・ジャイアントチーム/イラン)+19秒
3 ホセイン・アスカリ(ピシュガマン・ジャイアントチーム/イラン)+50秒
-
7 ディディエール・チャパッロ(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/コロンビア)+1分41秒
31 アントニオ・ニーバリ(イタリア)+6分51秒
32 山本元喜(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/日本)+7分18秒
65 マッティア・ポッツォ(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/イタリア)+26分21秒
75 黒枝士揮(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/日本)+35分03秒
84 ニコラス・マリーニ(NIPPO・ヴィーニファンティーニ/イタリア)+40分20秒