トピックス
英国のフルームが2度目の総合優勝! ツール・ド・フランス2015
2015.07.28
世界最大の自転車レースである第102回ツール・ド・フランス(UCIワールドツアー)は、英国のクリストファー・フルーム(チームスカイ)が2度目の優勝を果たして幕を閉じた。総合2位はコロンビアのナイロ・キンタナ(モビスター)で1分12秒差、総合3位はスペインのアレハンドロ・バルベルデ(モビスター)で5分25秒差だった。
フルームは2013年にツールで初優勝したが、昨年は序盤の落車で負傷して棄権し、タイトルを防衛することができなかった。彼は1年待って、そのリベンジを果たしたのだ。しかも、今年彼のライバルとして立ちはだかったのは、今のレース界で5本の指に入るチャンピオンたちだった。
フルームと同じように、昨年のツールを落車のケガで途中リタイアしたスペインのアルベルト・コンタドール(ティンコフ・サクソ)は、5月のジロ・デ・イタリアを制し、ダブル・ツールを狙ってツールにやって来た。
2013年に総合2位だったコロンビアのナイロ・キンタナ(モビスター)は、昨年のツールには参加しなかったが、ジロ・デ・イタリアで総合優勝して経験を積み、ふたたびマイヨ・ジョーヌ争奪戦に名乗りを上げた。そのアシストは優勝を狙う力を持った35歳のベテラン、アレハンドロ・バルベルデ(モビスター)だった。
ディフェンディングチャンピオンであるイタリアのビンチェンツォ・ニーバリ(アスタナ)は、昨年は他のトップ選手がいなかったからツールで優勝できたわけではないことを証明すべく、タイトル防衛を目指していた。
フルームは2013年にツールで初優勝したが、昨年は序盤の落車で負傷して棄権し、タイトルを防衛することができなかった。彼は1年待って、そのリベンジを果たしたのだ。しかも、今年彼のライバルとして立ちはだかったのは、今のレース界で5本の指に入るチャンピオンたちだった。
フルームと同じように、昨年のツールを落車のケガで途中リタイアしたスペインのアルベルト・コンタドール(ティンコフ・サクソ)は、5月のジロ・デ・イタリアを制し、ダブル・ツールを狙ってツールにやって来た。
2013年に総合2位だったコロンビアのナイロ・キンタナ(モビスター)は、昨年のツールには参加しなかったが、ジロ・デ・イタリアで総合優勝して経験を積み、ふたたびマイヨ・ジョーヌ争奪戦に名乗りを上げた。そのアシストは優勝を狙う力を持った35歳のベテラン、アレハンドロ・バルベルデ(モビスター)だった。
ディフェンディングチャンピオンであるイタリアのビンチェンツォ・ニーバリ(アスタナ)は、昨年は他のトップ選手がいなかったからツールで優勝できたわけではないことを証明すべく、タイトル防衛を目指していた。
今年のツールがオランダのユトレヒトで開幕したとき、優勝候補のなかでとくに飛び抜けている選手はいなかった。しかし、オランダからベルギーを経由し、フランスへと入った最初の1週間につづいたトリッキーなステージでの不運が、早くもビッグ5の明暗を分けてしまった。
それは開幕してたった2日目で起こった。オランダのゼーラントにゴールした第2ステージは強風と激しい雨に見舞われ、レース後半に集団が分断。キンタナとバルベルデ、そしてニーバリは後方集団に取り残された。そして不運を逃れたフルームとコンタドールは、このステージで3人のライバルに1分半近いタイム差を付けることができたのだ。
幸運の女神を味方につけたフルームは、第7ステージで総合首位に立ち、マイヨ・ジョーヌを着てピレネーに到着した。そしてカテゴリー超級のラ・ピエール・サン・マルタン山頂にゴールしたピレネー山岳初日の第10ステージで圧勝し、ライバルたちに決定的な大差を付けた。
前日の休養日に、コンタドールのアシストだったイタリアのイバン・バッソ(ティンコフ・サクソ)は精巣ガンと診断され、治療のためにツールを離脱した。コンタドールは「マイヨ・ジョーヌを獲得し、パリでバッソと一緒にその喜びを分かち合いたい」と宣言していたのだが、ドラマのような逆転劇は起こらなかった。
15km続いたラ・ピエール・サン・マルタンの坂を半分上ったところで、コンタドールはフルームの山岳アシストだったリッチー・ポート(チームスカイ)の加速について行けず、あっけなくマイヨ・ジョーヌ集団から脱落。
そのときすでにマイヨ・ジョーヌ集団にニーバリの姿はなく、ポートとフルームに食らいついていたのはマイヨ・ブランを着たキンタナだけだった。しかし彼もフルームが自らアタックしたときには、ただ見送ることしかできなかった。
3週間の日程の半分を折り返す前に、フルームは総合成績でキンタナに3分以上、コンタドールには4分、ニーバリには7分近い差を付けてしまったのだ。ライバルたちにはもう、マイヨ・ジョーヌが後半戦で落車やパンクといった不運に見舞われることを願うくらいしかできなかった。
それは開幕してたった2日目で起こった。オランダのゼーラントにゴールした第2ステージは強風と激しい雨に見舞われ、レース後半に集団が分断。キンタナとバルベルデ、そしてニーバリは後方集団に取り残された。そして不運を逃れたフルームとコンタドールは、このステージで3人のライバルに1分半近いタイム差を付けることができたのだ。
幸運の女神を味方につけたフルームは、第7ステージで総合首位に立ち、マイヨ・ジョーヌを着てピレネーに到着した。そしてカテゴリー超級のラ・ピエール・サン・マルタン山頂にゴールしたピレネー山岳初日の第10ステージで圧勝し、ライバルたちに決定的な大差を付けた。
前日の休養日に、コンタドールのアシストだったイタリアのイバン・バッソ(ティンコフ・サクソ)は精巣ガンと診断され、治療のためにツールを離脱した。コンタドールは「マイヨ・ジョーヌを獲得し、パリでバッソと一緒にその喜びを分かち合いたい」と宣言していたのだが、ドラマのような逆転劇は起こらなかった。
15km続いたラ・ピエール・サン・マルタンの坂を半分上ったところで、コンタドールはフルームの山岳アシストだったリッチー・ポート(チームスカイ)の加速について行けず、あっけなくマイヨ・ジョーヌ集団から脱落。
そのときすでにマイヨ・ジョーヌ集団にニーバリの姿はなく、ポートとフルームに食らいついていたのはマイヨ・ブランを着たキンタナだけだった。しかし彼もフルームが自らアタックしたときには、ただ見送ることしかできなかった。
3週間の日程の半分を折り返す前に、フルームは総合成績でキンタナに3分以上、コンタドールには4分、ニーバリには7分近い差を付けてしまったのだ。ライバルたちにはもう、マイヨ・ジョーヌが後半戦で落車やパンクといった不運に見舞われることを願うくらいしかできなかった。
しかし、終盤のアルプスでマイヨ・ジョーヌのフルームはチームとともに失速し、厳しいレースを強いられた。ニーバリが逆襲の区間優勝を果たしたトゥスイール頂上ゴールの第19ステージでは、フルームには大事な局面でウォートル・プールス(チームスカイ)しかアシストがいなかった。この日、フルームはゴール目前でキンタナのアタックを許し、30秒失ってしまった。
山岳最終日のラルプ・デュエズでは、ポートが息を吹き返してマイヨ・ジョーヌを引き続けたが、山頂までエスコートすることはできなかった。アシストを失って1人になったフルームは、ラルプ・デュエズでキンタナに1分20秒取り返されたが、幸運にも第2ステージで稼いだ1分半のタイム差に救われた形で総合首位の座を守ることができた。
2度目のツール制覇を成し遂げたフルームを、パリは雨で迎えた。しかし、そのおかげでシャンゼリゼ大通りの周回コースはニュートラルになり、集団が最初にコントロールラインを通過した時点でフルームの総合優勝は決定した。レースはまだ70km近く残っていたが、もう落車やパンクを恐れる必要はなくなった。
スプリンターたちが区間1位を競って熱戦を競ったあと、フルームは3週間をともに闘ったチームメートたちと横一列に並び、シャンゼリゼ大通りのフィニッシュラインを通過した。
終わってみれば、今年のツールは総合5位までの選手全員が、グランツールで優勝した経験のあるトップ選手だった。30歳のフルームは世界最高峰の闘いを制し、まさしく王者の中の王者になった。英国人として最初の優勝はブラッドリー・ウィギンスに先を越されたが、フルームはツールで2回優勝した13人目のチャンピオンになり、ウィギンスも追い越した。
パリでふたたび表彰台の中央に立つことができたフルームの次のターゲットは、8月22日にスペイン南部アンダルシア地方マラガ県のプエルト・バヌスで開幕するブエルタ・ア・エスパーニャだ。彼はツールとブエルタの2つのグランツールを1シーズンに制する記録に挑戦する。
山岳最終日のラルプ・デュエズでは、ポートが息を吹き返してマイヨ・ジョーヌを引き続けたが、山頂までエスコートすることはできなかった。アシストを失って1人になったフルームは、ラルプ・デュエズでキンタナに1分20秒取り返されたが、幸運にも第2ステージで稼いだ1分半のタイム差に救われた形で総合首位の座を守ることができた。
2度目のツール制覇を成し遂げたフルームを、パリは雨で迎えた。しかし、そのおかげでシャンゼリゼ大通りの周回コースはニュートラルになり、集団が最初にコントロールラインを通過した時点でフルームの総合優勝は決定した。レースはまだ70km近く残っていたが、もう落車やパンクを恐れる必要はなくなった。
スプリンターたちが区間1位を競って熱戦を競ったあと、フルームは3週間をともに闘ったチームメートたちと横一列に並び、シャンゼリゼ大通りのフィニッシュラインを通過した。
終わってみれば、今年のツールは総合5位までの選手全員が、グランツールで優勝した経験のあるトップ選手だった。30歳のフルームは世界最高峰の闘いを制し、まさしく王者の中の王者になった。英国人として最初の優勝はブラッドリー・ウィギンスに先を越されたが、フルームはツールで2回優勝した13人目のチャンピオンになり、ウィギンスも追い越した。
パリでふたたび表彰台の中央に立つことができたフルームの次のターゲットは、8月22日にスペイン南部アンダルシア地方マラガ県のプエルト・バヌスで開幕するブエルタ・ア・エスパーニャだ。彼はツールとブエルタの2つのグランツールを1シーズンに制する記録に挑戦する。
■総合優勝したフルームのコメント「マイヨ・ジョーヌは長い歴史を持っている。僕はつねにそれをリスペクトし、マイヨ・ジョーヌを着ている間ずっと誇りに思っていた」
「2度目の優勝は、到達するまで一歩一歩長い道のりだった。オランダからスタートしたあと、あまりにも多くのことが起こった。ストレスばかりだった。自転車に乗っていても、降りていても戦わなければならなかった」
「この表彰台での写真がものすごく欲しかったから、本当にうれしい。トレーニングに行くために毎朝起きるのはこのためなんだ。今回の勝利が前回よりもすばらしいかどうか言うことはできない。ツールで1回勝つことは信じられないことだ。そしてここにまたいることは、僕にとって多くの意味がある」
「2度目の優勝は、到達するまで一歩一歩長い道のりだった。オランダからスタートしたあと、あまりにも多くのことが起こった。ストレスばかりだった。自転車に乗っていても、降りていても戦わなければならなかった」
「この表彰台での写真がものすごく欲しかったから、本当にうれしい。トレーニングに行くために毎朝起きるのはこのためなんだ。今回の勝利が前回よりもすばらしいかどうか言うことはできない。ツールで1回勝つことは信じられないことだ。そしてここにまたいることは、僕にとって多くの意味がある」
ツール・ド・フランス2015 個人総合最終成績
1 クリストファー・フルーム(チームスカイ/英国)84時間46分14秒
2 ナイロ・キンタナ(モビスター/コロンビア)+1分12秒
3 アレハンドロ・バルベルデ(モビスター/スペイン)+5分25秒
4 ビンチェンツォ・ニーバリ(アスタナ/イタリア)+8分36秒
5 アルベルト・コンタドール(ティンコフ・サクソ/スペイン)+9分48秒
6 ロベルト・ヘーシンク(ロトNL・ユンボ/オランダ)+10分47秒
7 バウケ・モレマ(トレック/オランダ)+15分14秒
8 マティアス・フランク(IAM/スイス)+15分39秒
9 ロマン・バルデ(AG2R/フランス)+16分00秒
10 ピエール・ロラン(ヨーロッパカー/フランス)+17分30秒
2 ナイロ・キンタナ(モビスター/コロンビア)+1分12秒
3 アレハンドロ・バルベルデ(モビスター/スペイン)+5分25秒
4 ビンチェンツォ・ニーバリ(アスタナ/イタリア)+8分36秒
5 アルベルト・コンタドール(ティンコフ・サクソ/スペイン)+9分48秒
6 ロベルト・ヘーシンク(ロトNL・ユンボ/オランダ)+10分47秒
7 バウケ・モレマ(トレック/オランダ)+15分14秒
8 マティアス・フランク(IAM/スイス)+15分39秒
9 ロマン・バルデ(AG2R/フランス)+16分00秒
10 ピエール・ロラン(ヨーロッパカー/フランス)+17分30秒