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アジア大会メダリスト女医に聞く 女性サイクリストの悩み対処法

サイクリングに出かけると女性サイクリストの数が増えてきたことを実感する昨今。それにともなって、バイクをはじめとして”女性向け”のアイテムも充実してきた。機材はそろってもフィジカル面は同じようにフォローされているだろうかと考えた時にけして十分とは言えない。
女性特有の悩みがあるけれど、人には聞きにくい、周りに相談できる人もいない。そこで、自身もアジア大会でメダルを獲得した競技者経験を持ち、現在は筑波大学附属病院で医師として働く遠藤歩先生に聞いた。
 

 
text:中島丈博 photo:吉田悠太

高校で競技をスタート、社会人選手になり引退後医師を目指す

CS:まずは経歴を教えていただけますか?
遠藤:
高校2年生からトラックとロードで自転車競技を始めました。JOCジュニアオリンピックカップで優勝し、日本代表としてスロベニアで開催されたジュニア世界選手権へ。そこで、本場の自転車競技の雰囲気を知って、選手になることを強く意識しました。その後、筑波大学体育専門学群に進学、1998年タイ・バンコクで開催されたアジア大会個人ロードタイムトライアルで銅メダル、2002年韓国・プサンの同種目で銀メダル、またトラックポイントレースでも銀メダルを獲得しました。大学卒業後も3年間選手として国内外を中心に闘っていましたが、ケガなどもあり引退。その後山口大学医学部へ入学し医師になりました。
 
CS:そこまで乗り込まれていたということは体の悩みもいろいろな経験をお持ちではないでしょうか?
遠藤:
はい、自分のその経験を活かして、今は医師としての立場を活かした研究もしていこうと思っています。
 

「お尻が痛い」に潜むいろいろな症状

CS:自転車乗りにとってお尻の痛みは多くの人が経験している問題です。自転車雑誌的な解決方法としては、ポジションやサドル、レーサーパンツのパッドの形状を合わせていくという解決方法なのですがどう思われますか?
遠藤:
もちろんそのアプローチも大切です。今回は“女性の”ことと、“医師としての視点”からお話しさせていただきます。自分の経験やほかの競技者と話してみて考えられるものをいくつか挙げていきます。

まず鼠径部(いわゆるビキニライン)および大腿内側(ふとももの内側)の場合。股ずれが起こる可能性があるわけですが、パッドの幅が合っていない場合や内腿がサドルと擦れやすい場合、摩擦の起こる部分の皮膚表面が擦過傷になることがあります。また、男性と女性では外性器の形状・構造が異なります。男性の場合は外性器が皮膚でおおわれているのに対して、女性はすぐ内側が粘膜に移行しています。粘膜は皮膚よりも摩擦に弱く傷つきやすいので、それによって痛くなりやすいです。皮膚の部分も汗などで蒸れることによって、皮膚がやわらかくなり通常よりも傷つきやすくなります。

また、これは男性にもいえることですが、毛が生えてくる部分「毛嚢」内部に雑菌が入ってしまい炎症が起きる「毛嚢炎」などがあります。皮膚表面で傷つきやすいポイントをまとめてみると、以下の項目が気をつけたいところです。

1.鼠径部および大腿内側
・一般的な人が最もイメージしやすい股ずれが起こる部分
・パットの端やサドルとの摩擦で起こる表皮(皮膚表面)の損傷
 
2.外性器の股ずれ・男性と女性では外性器(および恥骨)の形状が異なる
・男性は皮膚でおおわれているのに対し、女性はすぐ内側が粘膜に移行している
・粘膜は皮膚よりも摩擦に弱く傷つきやすい
 
3.毛嚢炎
・毛が生えてくる部分に雑菌が入り、炎症を起こす

いずれの場合も幹部を清潔に保つことが重要です。症状が緩和されない場合は感染の可能性も考慮して医療機関を受診し、抗生剤の入った軟膏を処方してもらうといいでしょう。
 

下着はつけないほうがいい

CS:初心者サイクリストのなかにはレーサーパンツ1枚で走ることに抵抗がある方もいますが、下着を履くことをどう思いますか?
遠藤:
上記症状の原因の一つが「摩擦」です。なので、下着を履くことで「縫い目」という摩擦が起こりやすい要素を増やすことになり、おすすめしません。そのほうがウエアの性能も最大限発揮されると思います。

生理中に乗りたいときはどうしたら?

CS:生理中にできる工夫はありますか?
遠藤:
レーサーパンツのパッドにナプキンを貼るという方法は、下着と同じ理由でお勧めしません。特に運動中にナプキンがよれて段差が生じ、ずれが発生しやすくなります。
タンポンを使用するのが、パッド周りの状況変化が少なくておすすめです。タンポンに抵抗がある、タンポンだけだと漏れが心配という方はおりものシートを併用、または単体で使用するといいと思います。

一見すると外傷がないのですが、痛みがある場合はDTIの可能性も


CS:最近新たな痛みの原因について研究されているそうですね
遠藤:
ここまで紹介した例は、自分自身で状況がつかみやすいものだと思います。ただ、「見る限り異常はないけれど、なぜか痛い」という症状があります。ハードなサイクリストの方は、男女関係なく経験があるのではないでしょうか。かくいう私も、現役時代に悩まされました。深い前傾姿勢=TTポジションをとると決まって同じ場所が痛くなる。しかもシーズンインの時期によく起きるものでした。痛みの範囲は小指の先程度ですが、すごく痛い。
 
ここでDTI(Deep Tissue Injury)という概念をご紹介します。以前は、褥瘡は浅いところから徐々に深くなるものと考えられていましたが、現在は必ずしもそうではなく、皮膚表面に症状がなくてもその奥にある組織(筋肉や脂肪など)と骨がこすれて、深い部分に先に損傷が生じることがあるという考え方です。国際的にも褥瘡の一種として分類されています。表面では症状がなくても、超音波検査では診断が可能で、黒く抜けるような所見が特徴的です。
スポーツ界では、車いすマラソンや車いすバスケットボールで研究されています。長時間座位を必要とする車いすスポーツは、サドルに座り続ける自転車競技と共通点があると考えました。
自転車競技により、アザができたり、皮膚が損傷するというような外傷が見られないのに、ものすごく痛い部分ができていたらDTIの可能性があるのではないかと仮説をたて、今後研究を進めていく予定です。

DTIの予防のために、車椅子スポーツでは、車椅子のシーティングを検討しているようです。自転車競技でも同様に、サドルの上で座る位置を前後にずらしてみたり、ダンシングを取り入れるなど、ポジションのバリエーションを増やすことで、なるべく同じ位置に圧がかかり続けないようにすることが必要です。また、私がシーズンインになりやすかったことを考えると、下半身を中心とした筋力不足も原因のひとつだと考えています。筋肉量が増え、フィジカルコンディションが整ったハイシーズンでは、下半身でしっかりと体を支えることができるので、サドルにかかる体重の割合が減り、DTIの原因である圧力を減らすことができていたと考えています。ライディングポジションに変化をつけることも大切ですが、根本的な解決には下半身の筋力アップがオススメです。
 

まとめ

遠藤:私のように選手だと毎日のロードワークを痛いからといってやめるわけにもいきませんでした。でも本当に痛くてつらい日がありました。いま思えば、その痛みを解決できていれば、より練習に集中してコンディションを上げることができたのにと思います。それくらい痛みはサイクリストにとっては重要な問題で、ホビーライダーにとってもそれは同じだと思います。せっかくの楽しいサイクリングが痛みによってただの苦行になってしまいます。
ホビーライダーの方なら、競技者のように練習を休むことのリスクは小さいので、痛みを感じたらまずはしっかり栄養と休養をとり、治癒させてからサイクリングを楽しむことをオススメします。
 
 
■遠藤 歩
高校2年生から自転車競技をスタート。国内JOCジュニアオリンピックカップで優勝し、日本代表としてスロベニアのJr.世界選手権へ。1998年バンコクで開催されたアジア大会ロードTT銅メダル、2002年プサンの同大会でロードTT銀メダル、トラックポイントレース銀メダル獲得。実家は栃木県益子町のエビコーサイクル