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「しまなみ海道」だけじゃもったいない!? 愛媛・ 今治を巡る”お遍路”じてんしゃ旅へ
2018.03.30
目指すは八十八か所!?お遍路を体感するじてんしゃ旅
細かい雨がさらさらと山桜を濡らしていく。仁王像ににらみをきかされつつ山門をくぐるると、まだ階段は続いていた。ここまでのヒルクライムで切れた息を整える。58番目の巡礼の地には、どうやらまだ辿り着かないようだ。
日本屈指のサイクリングスポット「しまなみ海道」を満喫しに、愛媛は今治を訪れたはずの僕が何故こんな山深い場所にいるのか。それには、今回の案内人と出会った「ジャイアントストア今治」にまでさかのぼる。
日本屈指のサイクリングスポット「しまなみ海道」を満喫しに、愛媛は今治を訪れたはずの僕が何故こんな山深い場所にいるのか。それには、今回の案内人と出会った「ジャイアントストア今治」にまでさかのぼる。
朝の飛行機で松山空港に降り立ち、バスと特急電車を乗り継いで1時間ほど。サイクリストの憧れの場所・しまなみ海道の発着点であるJR今治駅で輪行を解く。
さあそのまましまなみ海道へ、ブルーラインをたどって出発しよう!とすぐに意気込むのは、なんだかもったいない。せっかく東京からはるばる今治まで来たのだから、この町をじっくりと走ってみたいと思うのが、僕たちよくばりな自転車乗りの常だ。
そんな気持ちをおそるおそる今治市観光課に相談してみると、「それならばお任せください!」と頼もしい声とともに、サイクリングウエア姿の二人組が駆けつけてくれた。今治市で「しなまみ海道」をはじめとした自転車乗り向け事業を担当する野間健太さんと、愛媛県をはじめとした四国の自転車熱を盛り上げるユニット「ノってる!ガールズ」の佐藤美奈さんのお二人が、まったくの今治初心者である僕を案内してくれることとなった。なんて心強い!
さっそく二人と合流したが、天候は季節の変わり目らしい小雨模様。
「でも今日の目的地は、これくらいの天気のほうが艶っぽくていいかもしれませんよ」と佐藤さん。
艶っぽい?あれ、今日僕はどこに連れて行かれるんだろうと、おそるおそる野間さんに尋ねてみると、意外な答えが
「今日案内するのは、今治をじてんしゃ旅するのにすごくお手軽で、しかも穴場なスポットなんです。そう、『お遍路さん』ですよ!」
『お遍路さん』というと、あの『四国八十八か所巡り』と呼ばれる弘法大師(空海)ゆかりの寺院を巡るあれですよね。もしかして今日だけで八十八か所も寺に行くんですか?
「たしかにお遍路さんは伊予の国こと愛媛県だけで26寺あり、八十八か所の全長は1400kmにも及びます。とはいえ実はこのお遍路さんには、皆さんが想像しているような堅苦しい決まりがあるわけでなく、移動の手段や順番、期間などは自分に合わせて選択できる、いわばすごくゆるい巡礼であってもかまわないことになっているんです。
そして、この今治は市内に6か所の札所があり、今治を起点にぐるっと周ったとしても全長30kmほどの近い距離にまとまっています。これはお遍路さんの中では『ボーナスステージ』とでも言えるような、すごく珍しいことなんです。だからなおさら自転車で巡るにはぴったりなんですよ」。
なんだかお寺を巡拝と聞くと、僕には厳しく難しそうな気もしていたけど、お二人の楽しそうな雰囲気はどうやらそうではないらしい。それでは人生初のお遍路に挑戦だ!
と、意気込んでスタートしたのだが、今治初めの第54番札所「延命寺」は自転車で10分も走ると到着してしまった。
立派な山門はかつて今治城の城門であったものが移されたのだという。こんなところ自転車で入っちゃって大丈夫なんだろうかとわきを見ると、僕らには見慣れたサイクルラックが、空海像の下に設置されているではないか。
佐藤さんいわく「お遍路を巡る手段はやはり徒歩が基本ではありますが、近年はクルマやモーターサイクルを利用したり、なんなら観光バスでの団体ツアーという形式もみられます。最近は自転車で巡る人も増えており、サイクリストウエルカムな寺院も出てきていますね。」
それならばとロードバイクをかけて、さっそく参拝。先ほどまで降り続いた雨で、本堂の荘厳さがより強調され、拝むこちらの心身が引き締まる。そのまま境内の販売所で納経帳を手に入れて、さっそく一つ目の御朱印をお寺さんに書いていただく。
「さあどんどん進んでいきましょう!次はまた市街地に戻ってすぐにあります」と、野間さんに先導してもらい、続く第55番札所「南光坊」へ。 これもまた10分ほどで、あっという間に次の寺院にたどり着いてしまった。
「この『南光坊』は伊予の国イチの規模を誇り、かの村上海賊の守り主でもある大山祇神社の脇に建てられたお坊さんのための場所だったんです。
ほら、『神仏習合』って歴史の授業で習ったかと思うのですが、その流れにある、ある意味日本らしいお寺ですね。その由来もあり、現在では名前に『○○寺』ではなく、『坊』と呼ばれ、四国八十八か所の中でもここにしかないという特徴があります。
この次に行く56番札所の『泰山寺』も、ここから10分くらいです。こちらは弘法大師が川の氾濫を防ぐために堤防を作ったことが由来となり、水難にご利益があるといわれています。
ね、すごく今治のお遍路さんはすごくお手軽でしょう?」
お遍路というと、歩いて何日もかけて行うイメージだったのに、これほどすぐの距離に固まっているなんて。それに巡る寺院ごとに、来歴もそうだが本堂や門の形状も異なり、それを観て回っているだけで時空をさまよう遥かな旅をしているみたい。たしかにこれは、じてんしゃ旅には”お得”すぎる内容なのかもしれない。
そこもここへもと寄り道して、おなかもどんどん満たされて
そんな調子の野間さんを遮るように、「せっかくなら、もっと”おいしく”進まないともったいないわよねえ」と佐藤さん。「やっぱりグルメがお目当てでないと」と自転車を止めたのが「さいさいきて屋」。
ここは日本全国の農協直売所でも有数の人気スポット。ここなら今治だけでなく、愛媛中の農産物を直売ならではの価格で買えるということもあり、休日は観光客も地元の人も大勢押し寄せるという。店内に入って圧巻なのは、柑橘類が並んだ売り場。
年間で40種類、この春の時期では10種類程度のかんきつ類が常に店頭に並んでおり、空間全体が柑橘の甘酸っぱい匂いに包まれている。
「せっかくのここ愛媛で自転車に乗るなら、補給食に柑橘類を持っておいてそんはないですよ」と佐藤さん。
でも数が多すぎて、柑橘初心者にはいったいどれを選んだらいいかわかりません……。
「正直、柑橘選びは宝探しみたいなもの。一見レモンのような黄色いこの『はるか』ですが、実は中身はとっても甘いんです。ひとつひとつ手に取って、中身を想像しながら選んでみてください。もし種類を決めたら、色味やシミの少なさを見て、一番きれいなものを選んでおけば、より間違いがないですね」
「ここから山場を迎える前に、もういっちょ腹ごしらえと行きましょう」と訪れたのは、「松製麺所」。
「お隣香川で有名な讃岐うどんですが、こちらのうどんはその有名店に匹敵する素晴らしさですよ!」と豪語する野間さん。そんなにハードルを上げちゃっていいんですか?
と、目の前で茹で上げられた釜揚げうどんを口に運ぶと、つるりと吸い込まれてしまった。まるで生ものかのようなつるっつるの讃岐うどんは、 先ほどから食べてばかりで少しお腹が膨れていたはずの僕らでも、そののどごしとコシに、すする箸が止まらない。
先ほどまでおしゃべりが止まらなかった我々一行だが、一口すすった瞬間から器が空になるまで、たんたんと静かに、勢いよくがっついてしまっていた。いや、これは負けました、野間さん。
お遍路の厳しさとぬくもり
四国八十八か所巡りを足で歩いて巡る場合、その長大な道程にはいくつかの難所が存在している。その中でもあまりの厳しさに、お遍路する人の心をくじいてしまうほどの難所は「へんろころがし」と呼ばれ、それは50kmを超える長距離であったり、山を二つ超えなければならない道が続く場合であったりする。しかしこの伊予の国では、そのへんろころがしはないとのことだった。
しかしどうだろう、今僕が上っているこの坂をへんろころがしと言わずして、何であるのだろう。これは紛れもなく激坂だ。
もしここで足をついてしまうと、自転車で巡るお遍路になんだか負けた気分になってしまう。そんな自分ルールを勝手に決めてしまったので、この第58番札所「仙遊寺」に続く上り坂は、僕にとっての「マイベストへんろころがし」にカウントされてしまった。
標高が上がるにつれて、不思議と雨足は去っていった。雲に覆われていた作礼山の頂上付近から、みかん畑と今治市街、そして遠くにはうっすらと瀬戸内の島々を繋ぐしまなみ海道が見えてきた。しまなみ海道の全景をこんなところから眺めることができるだなんて!
少し晴れやかな心もちになり、仙遊寺山門にたどり着く。本堂に続く石段を歩いて登りながら、はじめに佐藤さんが言っていた「艶っぽさ」の意味がやっと分かった気がする。たしかにお遍路の風景には、スカっとした快晴の下よりも、濡れた山桜の奥にたたずむお堂のほうが趣がある。
今治最後の第59番札所「国分寺」を参り、無事に今治お遍路体験は達成!今治の町並みは、ちょうど夕暮れに沈み始める。
瀬戸内の海風に、少し体が冷えてしまったので、あったかい湯につかりたい……そんな心情を察したように、野間さんが「最後はやっぱり温泉でしょう!」と連れてきてくれたのが『喜助の湯』だ。
これまで数々の温泉に入ってきたけど、ここほど自転車で訪れてくつろげる温泉は見たことがない。なんとフロントで専用ロッカーキーを借りて、愛車を収納しておくことができる駐輪場が設けられている。
温泉を上がった後も、くつろぎスペースを利用でき、それに今治駅から300mという好立地だ。マンガ喫茶さながらのフリー本棚や、仮眠できる休憩室の設備が整っているとあれば、僕としてはさくっとここに泊まって、自転車漫画でも読みつつ夜をふかしてみる、なんて旅もありかもしれない。
炭酸泉でじんわりと体の芯から温まったおかげで、ぽかぽかと火照った体を冷ましつつ、潮の香りが混じった夜風に吹かれながら焼き鳥を求めて夜の今治の町を歩く。明日はついにしまなみ海道を走れる。でも今はその期待感よりも、今日訪れたある寺での一幕が深く印象に残っていた。
御朱印帳へお札を収めているときに、お坊さんが静かにお声をかけてきた。
「自転車でとはすごいねえ、どこから来たの?」
本当は今日自転車で6か所だけ巡るんだと、なんだかラクをしていて申し訳ないような気分で答えると、彼は筆をおいてにこやかに答えた。
「お遍路はあなたが思うように進めればいいんですよ。どれだけ時間をかけて、何回もこの地を訪れたっていい。大事なのは、あなたの願いのために八十八か所全てを巡るということです。これからが長い、旅なんです」。
なるほど。僕の四国の旅は、どうやらまだ始まったばかりのようだ。