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カンタン”立ちこぎ”強化書! このダンシングでラクに走る

このダンシングでラクに走る
推進力の源となる出力の大きさは、クランクに加えるトルクとクランクの回転数(ケイデンス)の2つによって決まる。大きな出力を得るにはトルクと回転数のいずれかを上げればよく、前者を重視するのがダンシング、後者を重視するのがシッティングだといえる。
シッティングはサドルという支点が腰を支えているのに対し、ダンシングは腰を支えるものがなく上下左右に自由に移動できてしまう。それを防ぐカギが体幹だ
※ここでは便宜上、《出力=トルク×回転数》と表記したが、正確には出力はトルクと回転"速度"(クランクが回るスピード)の積となる。クランクの回転速度は回転数に比例するため、出力を上げるにはトルクと回転数のいずれかを上げればいいことになる。
エアロビック・ダンシングは、長い上りや疲れてきた中盤~終盤の平地で脚を休めたりリズムを変えたりするために使用する。アーチ状の橋や下り途中の短い上り返しなど、スピードを落としたくない坂で使うのも効果的だ。一方アネロビック・ダンシングはライバルに差をつけたい勝負どころで使用することが多い。
 ダンシングと言われてもピンとこない人でも、「立ちこぎ」と聞けばすぐにわかる。ママチャリに乗ったOLやおばちゃん、あるいは子供でさえも、坂に差し掛かるとおもむろに腰を上げ、けっこう力強いフォームで上っていったりする。人は自転車に乗れるようになったその日から、座ったままでは上れなさそうな坂に直面したときに、なかば反射的に「立ちこぎ」を用いるようになる。だれに教えられるでもなく、あらかじめDNAに埋め込まれた生得的行動であるかのように……。
  だからこそ、スポーツバイクに乗るようになっても、ダンシングとは何かということをいちいち意識しない。したがって多くの人にとってダンシングは我流であり、単にキツイもの、またはするとキツくなるからあまり使わないもの、となってしまいがちだ。それはウラを返せば、多くの人にとってダンシングは「改善の余地が大いにある」と言える。そこでまずはこの行為を無意識の淵から呼び起こすため、ダンシングとは何かを見ていこう。

ヒトが生み出した苦肉の策!?
 そもそもなぜダンシングをするのか。それは、シッティングでは得られない大きな出力を得るためだといえる。
  シッティングでは踏み込みの際、おもに脚の筋力を使うのに対し、ダンシングでは自身の体重を援用することで、より高い出力が生み出せる。出力は、クランクにかかる力(トルク)と、クランクの回転数(ケイデンス)の積に比例するので、より大きな出力を得るにはその2つを上げる必要がある。しかしヒトの最大筋力はアニメの主人公のように突然上げられるものではないので、今持ちうる条件のなかで眼前の坂をクリアするには重力という第三の力を借りればいい。そのような苦肉の策としてヒトはダンシングを使うようになったといえるかもしれない。

踊らされたら負け
 "ダンシング"いう名前の由来はおそらく、この行為がバイクの上で踊っているように見えるからだ、というのは容易に想像がつく。しかしこのイメージが誤解を招くそもそもの要因かもしれない。うまい人のダンシングをよくよく見ると、踊っているのはむしろバイクのほうで、上半身、とりわけ腰の位置はほとんど動いていないことがわかる。
  シッティングからダンシングに移行すると、サドルという支点が失われ、腰が自由に動くようになる。そして腰が不必要に上下左右に動いてしまうと、シッティング時にできていたスムーズなペダリングが困難になる。この浮遊する腰を支える(=フローティングマウント)のが"体幹"であり、効率的なダンシングを
生み出す重要なカギとなる。

ダンシングはキツイもの?
 ダンシングには大きく分けて加速するダンシングと休むダンシングの2種類がある。前者はアタックやスプリントなど限られた状況で使用するものであり、われわれが通常使用するのは後者のほう。でもダンシングって休んでいる感じがしないんですが……と思った人は、正しいダンシングができていない可能性が高い。
  本書では以下、休むダンシングをエアロビック(Aerobic=有酸素)・ダンシング、加速するダンシングをアネロビック(Anaerobic=無酸素)・ダンシングと呼ぶことにする。ダンシングがキツイと感じる人は、エアロビックなダンシングを使うべき場面で、筋肉への負荷が高く乳酸のたまりやすいアネロビックなダンシングをしてしまっていると考えられる。
  エアロビック・ダンシングが休む目的で使用されるのは、これがもっぱら重力(体重)を利用し、ムリのないギヤを踏むためで、スピードを上げるというよりは、同じスピードを保ちつつも筋肉への負担をセーブできるという利点がある。もちろん前述したように、ダンシングを維持するには体幹の強さが必要で、かつダイナミックな運動となるため苦手な人ほど心肺への負担が大きくなり、長時間持続するのは難しい。
  それでも脚の筋肉を休められるのは大きなメリットであり、このエアロビック・ダンシングをより長く、かつ効果的に使うことができれば、長い距離をよりラクに走れるようになるのは間違いない。
31歳でプロ転向後、全日本選手権優勝4回、アテネ五輪出場など、長きにわたり日本のMTB界をけん引。年齢的なハンデを克服すべく、いかに効率よく高いパフォーマンスを発揮するかを追求してきた結果だろう。引退後はスペシャライズドの契約アドバイザーとして、ロード、MTBの枠を越え、スポーツバイクの発展に尽力。竹谷さん本人によるBGフィットは2カ月先まで予約でいっぱいだという。
 ダンシングのやり方にはいくつかの方法があるが、その基本は体重を利用して無理なく効率よくダンシングをすることにある。それができれば余計な疲労を蓄積することなく、ダンシングを長く続けることもできるようになるわけだ。
  その基本となるのはバイクの上での重心位置。ダンシングというと脚はもちろん腕の筋肉も総動員して頑張るイメージがあるが、腰の位置を決めてペダルにしっかりと自分の体重が乗っていれば、左右の重心移動を繰り返すことで無理なくダンシングが続けられる。そのうえでより効率よくペダリングをするために引き脚を使えばいい。
  しかし言葉で言うほど簡単でないのは、ハンドル、ペダル、サドルの3点で体を支えるシッティングと違って、ダンシングはサドルがないので手足の2カ所で体を支えることになり、腰の位置が変化しやすいことにある。とくに上りでは踏み込む意識が強くなりすぎ、腰がどんどん前に出てハンドルに体重が乗っかるような状態になってしまいがちなのだ。
  こうなるとペダルを踏む動作に体重を利用できないだけでなく、腕で体を支えることになりムダな疲労が増すばかりで、努力のわりにバイクは進まない。腕はあくまでも決まった腰の位置で体のバランスをとるために、体を軽く支える程度の力の入れ具合でいい。無理にハンドルを引いたり、押したりする必要はないのだ。
  ペダルに体重を乗せる感覚というのは、走っているとなかなか感じにくいことでもあるので、最初はローラー台などを利用してペダルに体重を乗せる感じを体感してみるといい。
  まずはクランクを水平にした状態で、ペダルに脚を乗せて立ってみる。真っすぐ立つことができれば理想的だが、なかなか難しいので腕は軽くハンドルに伸ばす。腰を前後に動かすと、ペダルの上で重心が移動するのを体感できるはずだ。腰の位置が後ろすぎてもよくないし、前すぎてもバランスは取れない。バランスが取れているときは、多くの場合サドル先端がお尻の下、股の間に入るような位置関係になるが、これは身長や手足の長さなど、いろいろな要因で変化することで絶対ではない。
  このポジションになれば、シッティング時はサドルにかかっていた体重がそのままペダルに加わることになる。あとは腰の位置が前後、上下に動かないように、体幹で体を支えるようにすれば余計な力を使うことなく自然にダンシングができるはずだ。
クランクを水平にしてペダルに足を乗せ、バランスの取れる位置でまっすぐ立つ。そのときの腰の位置がニュートラルな重心位置。あとは重力に任せ交互に脚を下ろすだけ

体幹とは、腹横筋、多裂筋、横隔膜、骨盤底筋に囲まれた部分を指す。横隔膜と骨盤底筋は図では示されていないが、体の芯をとりまく筒の上ブタが横隔膜、下ブタが骨盤底筋と考えればイメージしやすいだろう。広義では背骨の形状をキープするための筋肉群ともいえ、ダンシングでは腹直筋や外腹斜筋などのアウターマッスルに加え腹横筋や内腹斜筋などのインナーマッスルも重要になる。
このように腕に体重が乗ってしまうと、ペダルに体重が乗りきらない。また下死点で脚が伸び切ってしまいがちで、回しづらくなる
重心位置がしっかりしていれば、ハンドルから手を離してペダルに立つこともできる。走行中であれば前輪と後輪が同時に浮かせられれば正しい位置に重心があるといえる
上りのときは傾斜に垂直だと重心が後ろすぎるので、傾斜の分だけ若干腰の位置は前になる
体幹を意識して腰の位置を一定に!
腕に力が入りすぎていたり、無理矢理ペダルを踏み込む意識が強いと腰の位置が安定しない。重心が不安定になるとペダリングの際にトルクが不均一になりやすく効率的な出力が望めないので、つねにバランスをとるつもりで腰を安定させるようにする

骨盤を構成する寛骨(かんこつ)という一対の平板な骨のくぼんだ部分に、大腿骨の上端をなす近位端がくっつく形で股関節が形成される。ヒザを上げると、大腿骨はこの股関節を軸に回転するため、自然とヒザは外側に開く
体のなかで最も長く、強い骨。人によって微妙に角度が異なり、
ダンシング時のバイクの適正角度の違いを生み出している
●バイクが左右に振れてしまうのは自然な動きだが、ペダルを踏み込むために振るのは逆効果
●バイクが蛇行しないようにするのは間違っていないが、無理に押さえ込むのもロスが大きい
●前後の車輪がそれぞれ違う軌道になるのは、体の力がバラバラに分散されて力みがある証拠
 ダンシングが上手な人の走りを見ていると、単なる上下運動でしかないペダリングが、とてもスムーズな動きに見える。スッスッとリズミカルなペダリングとともに、バイクが左右に振れながらよどみなく進んでいく。あまり力が加わっているようには見えないのにスピードが落ちることはなく、上り坂にもかかわらず惰性できれいに進んでいるように見えるのはなぜだろうか?
  ダンシングもシッティングも脚の動きとしては単純なヒザの上下運動になる。その上下運動がクランクを介して回転運動となって後輪に伝えられていくが、大腿骨は通常時、骨盤から下に真っすぐ伸びているわけではなく、若干内側に傾いて付いている。したがって股関節を軸にして脚を上げると、脚は自然と外旋し、下げるときには内旋する。
  ダンシングのときに脚の動きに応じて左右にバイクが傾くのは、この脚の動きにペダルとハンドルを介してバイクが連動しているためで、人間の骨格上自然な動きといえる。ただし大腿骨の角度は人によって先天的に異なり、ゆえにバイクが振れる適正な角度もそれぞれに異なる。また、バイクの振れにはペダルを踏み込んだ際の反動も関係してくるので、踏み込みの強さによって振れ幅は変わってくるが、バイクの安定性や脚のスムーズな上下運動を考えると、大腿骨の外旋角度の範囲内で振れが収まっているのが適正といえる。
  この動きを制限して、左右に動きたがるバイクを振らないように押さえ込んでしまうと、股関節の動きを阻害することになり効率的ではないし、逆にハンドルを左右に引いたり押したりして踏み込みの力を上げようとするのも、バイク上でのバランスが崩れてしまい、いいことがない。
  脚の上下運動は、腰の位置が定まっていなければ安定した動きにはならない。初心者の場合こうした基本の動きができないために、それを補う形で体が無理やり修正を加えることになり、結果ロスが多くなり疲労も増してしまいがちなのは仕方のないことだといえる。
  基本はやはり腰を安定させて、そこを基準として上下する脚の動きが不自然にならないことが大事だ。骨格上ヒザが上がるときに外方向に向かうとはいえ、極端なガニ股になったり、逆にヒザを無理に内側に向けたりする必要もない。あくまで自身の大腿骨の傾き度合に応じた自然な上下運動を心がければいい。