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『静岡県東部MTB普及計画』ってなんだ? その会議に出席した

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東京五輪後はMTBコースが残り開放されるという伊豆修善寺・日本CSCを中心に、伊豆周辺地域に五輪レガシーとしてのMTBの聖地化、すなわち産業化を進めるという静岡県。その構想の発表とMTB識者がパネラーとなった会議が行われた。

その模様と感想を、MTBナショナルチームコーチでサイスポのテスター小笠原崇裕がレポートする。

 

静岡県が『MTB』に本気だ

東京五輪ではロード、マウンテンバイク、トラックの自転車競技が静岡県内で開催される。特にマウンテンバイク競技のレガシーとして、トレイル、コース、パークなどを整備し普及させ「サイクルスポーツの聖地」化に向けた取り組みと、eMTB(電動マウンテンバイク)を活用した商業ガイドツアーを展開するという動きが発表された。


この「静岡県東部におけるMTB普及計画」発表と会議を主催したのは、伊豆地域を中心とした静岡県東部でのスポーツ産業を後押しする、三島市所在の半官半民の組織『E-SPO』(イースポ)だ。静岡県が目標とする「五輪開催を期に、五輪後にこそMTB産業が活発になる」こと。この東京五輪のレガシーを実現すべく、今回の民と官とを交えた発表を取り仕切った。


会場となったのは伊豆の国市に9月1日にオープンした「MERIDA X‐BASE」。世界最大規模級のサイクリング施設で、日本国内で取り扱うメリダの全車種が展示され、レンタルできる。この1300平米という広々としたサイクリング空間で発表とカンファレンスが行われた。
 

静岡県文化・観光部スポーツ局スポーツ振興課参事 大石哲也氏


静岡県からは静岡県文化・観光部 スポーツ局長の大石哲也氏がパネルとして登壇。静岡県東部のマウンテンバイクの可能性を伝える。温暖な気候、美しい自然や温泉、海山物に恵まれ、マウンテンバイクの走行に適した無数の未舗装路林道が縦横無尽に張り巡らされ、通年の走行が行えると強調された。

また、日本サイクルスポーツセンター(CSC)内に設置される、オリンピックのコースを大会後も残し、そこを未来のオリンピアン育成の大きな拠点なっていくことを展望。CSCのMTB五輪コースを中心拠点に、御殿場の初心者向けMTBパーク《FUTAGO》、西伊豆のガイドツアー《YAMABUSHI TRAIL》などと連携しながらカナダ ウィスラーを参考にCSCを中心拠点にして伊豆半島、富士山麓の林道や河川敷などの未舗装路を活用しMTBを発展させていく計画を挙げた。この課題として林道などへの立ち入りのルール作り、地主やハイカーとの疎通、関係する団体との調整があり、この課題をクリアし、事例として全県に展開できるように取り組んでいきたいと述べた。
 

MTBガイド YAMABUSHI TRAIL TOUR 平馬啓太郎氏


松崎町で地域に密着してマウンテンバイクガイドを行っている山伏トレイルの平馬氏は、地元の若手林業家や農家など様々な人材を巻き込んで活動をしていることを強調した。

マウンテンバイクトレイルを整備し維持するということは、里山、森林を整備することになり、人が入らなくなって荒れ果てた森林の再生に繋がる。さらに整備によって切り出された老木などは加工されて販売され、その収益も地域に密着したビジネスになっている。
 

eMTBガイドツアー 福祉社会法人 誠信会 長谷川康徳氏


福祉社会法人 誠信会の長谷川氏からはE-MTBガイドビジネスに参入する理由が発表された。

富士山周辺の林道を利用し、主に家族連れをターゲットにした簡単なeMTB走行により、自然教育へもいざなっていくというのがそのメインのコンセプト。福祉×健康×地域振興というキーワードを考えたときに富士山麓の広大な自然を生かしたE‐MTBがターゲットになった。散歩のように気軽にマウンテンバイクを楽しんで欲しいという思いから「散走」というキャッチコピーで3つのモデルルートを用意。現在の総延長は53kmに及ぶ。また、eMTBをリースとして導入する際の銀行とのやり取りや、加入保険の実例なども紹介した。

 

MTBパークビルダー 浦島悠太氏


アメリカのMTBトレイル建設会社で学び、世界ビッグトレイルの建設にも携わり、現在は日本でMTBトレイルビルダーとして活動する浦島氏は海外トレイルの実情を紹介した。

MTBの盛んな国でのトレイルの整備、維持。公共事業として行われる公共パーク(トレイル)と、民間が営利目的で運営している商用パーク(トレイル)に分かれていること。公共パークには約85kmのトレイル整備に建設費が2億5000万円が掛かったが、このトレイルを年間3万人が利用し、年間経済効果は約12〜15億円に上る例もあるという。

他にも、パークやトレイルを整備するのに適した山の形、広さ、標高差、地形、地形などを体的な数字例と共に必要なポイントを上げた。MTBを文化として創造してくためには生半可な投資では成立しない、情報収集の徹底、国内の人材育成と海外からビルダーの招聘などを伝えた。
 

MTB編集者、ライダー 鏑木裕氏


自転車雑誌編集者の鏑木氏が登壇。古く1980年代から伊豆半島の林道を走り尽くし、トレイルを取り巻く環境、MTBの社会的な立ち位置、SNSを活用した普及活動などを話した。オフロードの魅力として「スマホの地図アプリのストリートビューではわからない」という点を上げた。実体験でしか得られない未知のワクワクがオフロードには詰まっているとも。

近年ではSNSの普及により手軽に走った場所の情報を投稿できてしまうが、実際には車両進入禁止の表示がある林道だったりした場合には投稿者を含めその周囲にまで非難が及ぶ場合がある。そんなSNS全盛の時代だからこそ林道をサイクリストに向けたルートとして整備し、インスタ映えするポイントなどをマップに表記しておけばSNSの拡散力によって遠方よりサイクリストが訪れ、飲食や宿泊により地域に貢献することになる。

また、伊豆半島という温泉地のメリットを生かし、利用料を払えば温泉入浴チケットが付いてきたり、宿泊施設の割引券が付いてくるなどの自転車と観光をセットとした考えを述べた。
 

MTBショップ店長 ミンズーバイク 古郡今日史


富士市にてMTBを中心にしたミンズーバイクを経営する古郡氏は、地元のマウンテンバイクライダーが求めること、できることを題材とした。

これからMTBを始めよう、乗ってみようと考えている人にとっては「どこで、どうやって乗るのか」という疑問は当然浮かんでくる。

「近くに安全なトレイルがありますよ」、「ガイドやインストラクターがいますよ」といった充実したソフト面があればエントリー層のハードルを大きく下げられる。MTBにドップリと浸かるライダー達は率先してトレイルのメンテナンスを行う傾向にあり、台風などでトレイルを塞いでしまった倒木を役所の許可を得て伐採して撤去、豪雨で崩れた路面の復旧などを行っている。

自分達が走るトレイルは自分達でメンテナンスをするという考えが広まっており、結果として地域との関わりが深くなりマウンテンバイクの走行に好意的な地権者も多くいると述べた。
 

ミヤタサイクル 福田三朗氏


最後にミヤタサイクルから福田氏がX‐BASEを中心とした将来の展望を発表した。X‐BASEがオープンしてから1カ月半ほどで5000人を超える来場者があり、サイクリストの聖地としての着実な一歩を感じているという。

観光ビジネスとしての自転車では、ロードバイクではギア比の関係で一般観光客には上り坂は難しいが、ハンドルが高く安定し、上り坂も楽々で絶景スポットへ迎えるE‐MTBが、伊豆半島を楽しむには最適だと話した。

上級者にはほぼ伊豆半島の海岸線沿いを一周する三島〜伊東のルートでの175kmのアップダウンのレイアウトが紹介され、獲得標高は3800mに及ぶ。一方でX‐BASEの横に流れる狩野川には、ほぼ平坦な狩野川サイクリングロードが整備され、初心者や子供もサイクリングを楽しめる。

伊豆半島はeMTBからロードバイクまで乗り物を変えることによって一般観光客から上級者まで全員が楽しめる場所。現に静岡県東部はeMTBの保有台数が日本一だと述べた。そして、MTBコース制作に関する助成金の話も行った。
 

講演の感想

筆者は最後列左から3人目
筆者は最後列左から3人目

静岡県東部、伊豆半島に造詣の深い7人のパネラーの話を聞いて、

国土の70%が山岳地帯、この約67%が森林という特徴のある国土を資源として
環境負担を極力させず有効活用して
ビジネスやQOLを高めるためにマウンテンバイクを使うという発想にいたり、
それを実現するために行政が動き、官民一体となって進み始めたこと。
これに心が大きく震えました。

 


1990年代のマウンテンバイクブーム以前よりマウンテンバイクにハマっていた筆者としては、ハイカーに嫌われるようになった過渡期を知るだけに今回のような行政が動くという意味合いを本当に深く噛み締めています。

マウンテンバイクが盛んな国では「シェア ザ トレイル」といってトレイル利用者のハイカー、マウンテンバイク、ホース(乗馬)が互いにリスペクトし合い 融通し合って共存して楽しみ維持していくことが当然のように行われています。静岡県が本気でマウンテンバイクに理解を示したことにより、しばらく時間は掛かるとは思いますがシェア ザ トレイルの意識がハイカーはもちろん地権者にまで広まり、静岡から日本全国に浸透することを夢見ています。

マウンテンバイクが楽しく安全な乗り物だと山やトレイルの関係者に認知してもらうための課題として、山でのルール、正しい乗り方、という2つが大きなポイントになると感じます。
 


基本的な山でのルールは社会生活のルールと同じですが、特定の山ではハイカーの多い時間帯、水はけの悪い場所、削れやすい場所などを認識して避けるなどは必要です。正しい乗り方はインストラクターやガイドの養成が急務です。

確実にコントロールできるスキル、怪我をしないさせないスキルをビギナーのうちにしっかりとインストラクターが教え、ガイドが責任を持って案内するという体系立てた流れがあると山での不安事項が大幅に減ると思います。

山の自然なトレイルに入る前にはマウンテンバイクのために作られた人工的なパークで基本を学んでから山のトレイルに入るという流れがより確実で安全だと感じます。自動車でいえば教習所で基本的な操作を身に付けてから路上に出るようなイメージ。パークには初級から上級といったように細かくレベル分けされたコースがレイアウトされているので、子供から上級者まで楽しめます。

 

今回のカンファレンスではトレイルとパーク、そして林道から旅までマウンテンバイクで楽しめる全てのシチュエーションでの有識者が集まって話をしたので、静岡県東部でマウンテンバイクを総合的にプロデュースしていくキックオフだったと感じました。eMTBはマウンテンバイクそのものを楽しむだけではなく、波乗りや釣りなどのアクテビティの際の移動、軽い農作業などと広く使用でき、生活に密着したeMTBというのも想像できます。

筆者がマウンテンバイクに乗り始めて30年が経ち、その頃に植樹された杉や檜は大きく成長している頃です。木の成長のようにゆっくりだとしてもマウンテンバイクの成長も着実に進んで欲しい、そのために微力ながらお手伝いしていきたいです。(小笠原 崇裕)